大学受験に落ちた青年が、誰よりも早く夢をかなえ、恋した物語。

高校時代、私は予備校で彼に出会った。
芸術系の映像学科を同じく志して集まった同級生の中で、彼はとても異質な存在だった。
天真爛漫でフレンドリー。俗にいう「尖ったハート」の10代の子どもたちは彼のその言動にいちいち戸惑い、敵わない気持ちにさせられた。

けれど彼もふつうの10代の人間で、恋もしていた。
同級生の男の子。子犬のような瞳がかわいいのだと言っていた。
彼は誰よりも人生を謳歌しているように見えた。

彼と過ごす学生生活はどれほど刺激的だろう。
みんなが恐れつつもそう思いのぞんだ受験で、彼だけが不合格となった。

理由はよくわからなかった。単純に、合わなかったのだろう。
私たちは別々の道に進むことになった。
私は日本の大学で、そしてもともと英語の達者だった彼は、カナダに旅立つことになった。

大学に入って、私も忙しくなったような気がして、彼がカナダでどんな日々を歩んでいるのかが分からなくなった。
久々に会ったのは大学を卒業して半年後。少し肌寒くなってきた今年の秋だ。

2週間だけ日本に帰ってきたから、会えない?
突然連絡がやってきて、急いで仕事を片付けて共通の友人に連絡をつないだ。
渋谷の職場の近くでランチすることとなり、ソワソワがとまらなかった。

待ち合わせ場所にいた彼は高校時代と同じく立って本を読んでいて
道行く人を気にしないそのマイペースさが変わっていないことにほっとした。

お互いの近況報告をそれなりに済ますと、彼は今の仕事の話をしてくれた。

カナダで映画について学び、自主制作で映画を何本か作って賞に出していた。
観せてもらった作品は学生の撮ったそれとは思えないほど重厚で、彼が日本に収まらなくてよかったのだと心から思わされた。

映像技師の仕事は自分で時間を決められて、しかも権利が守られているので、日本よりもずっと働きやすいと彼は言う。
締めきりに向けて自分のスケジュール感に合わせて仕事をし、こうやってたまに日本に戻ってくる生活を続けたいと言うのだ。

確か高校時代には監督になりたいと言っていたのを思い出し、
今後はどういうことをしたいのか聞いてみた。

すると彼は、はにかんでこう言った。
「この前、好きな子が監督をする映画のシナリオを書いたんだ」
なんだかチグハグな回答に聞こえるけれど、違った。
彼の目の前にあるのが、彼女のために心血を削ったシナリオを書くことが、
次に彼の実現したい未来なのだと気づいた。

その日暮らしのようにも聞こえるけれど、
強い想いを持ってしゃかりきに取り組んでいる彼を見れば、きっと皆彼にやらせてあげたいと思うに違いない。

彼は照れながら好きな子が作った映画のポスターを見せてくれた。
ここに、並んで自分の名前がある。しびれるよ、と彼は言った。

今の高校生とたまに話をすることがあるけれど、皆、大学に行くことが当然だと言う。
あくまでも彼らの小さな社会での話に過ぎないのに、
大学にもし落ちてしまったら……なんて、この世の終わりみたいな話はやめてくれという。

夢を実現させるために、大学は絶対条件ではない。
大学に行けば夢がかなえられるのだったら、そんな都合のいい話はない。

人生の道筋は形式的なものではなく、
もっと俯瞰的に見て選ぶべきだと私は思う。

じゃあその基準は? 保証は?
それは、自分が確信をもって突き進めるかにある。