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オトナの遊びは早朝に始まる。朝カフェデートのすすめ

第一夜 ひとりのよるは、うらめしい。

0時40分渋谷駅。道玄坂を下りながら、私はいつもその時間を警戒している。

「仕事をはじめたら、友達をあたらしくつくるのは難しい」

今の会社の上司に入社する前にいわれていたことばが、働いてみてようやく実感できる。そもそも、定時、週休〇日という常識のなかで働いているひとと、生きる時間がかわってしまった。

朝はやい日もあれば、昼にのっそり起きて夕がた出勤の日もあり、夜は終電か、泊まりか、帰りたければ車で帰る。それが私たちの「常識」。

「おひさしぶりです。こんどの土曜日、あいてる?」
「会いたいよ。つぎの休み、いつ?」
「飲みにいこう。夜ヒマなとき、ある?」

私は苦笑いで、返信をうつ。

「ごめん、しばらく、なさそう」

こうなってくると、友だちをあたらしくつくるだけじゃなくて、友だちをつづけるのもかなり難しい。
同窓会にしかこない子に、自分の恋愛話を急にしてくる変わりものはいない。
恋愛だってそう。デートの誘いがあったって、苦笑いをしているうちに短い青春時代は終わってしまう。

女子会で冗談のように言っていた孤独死という言葉が、妙にリアルに浮かびあがってぞっとした。

「さいきん、元気にしてます?」
今日も連絡をうけて、私は苦笑する。
謝りかたをかんがえて、行きたかった気もちを伝える文面をねりあげる。

送り主は、一時憧れもした、私の趣味のはなしを聞いては興味ぶかそうに声をあげてくれる、そんな人。
デートもした、日帰り旅行だって、けど、手をつないだだけで、その後はしばらく、お茶をするだけの仲になった。

仕事をしてから連絡をもらったのは、はじめてだった。

もう一度会いたい。また、お茶をする関係でもいいから、少しはなしをしたい。
そんなちょっとした未練と郷愁感が、私のかたまった脳をフル回転させた。

「土曜日、7時に集合はどうですか?」
その日はじめて、私は「代案」の連絡をかえした。

待ちあわせは宇田川町。
地図をたどってやってきたのは、モーニングから営業しているカフェ。
店内にはすでに、打ちあわせのためにパソコンを開くビジネスマンたちが歓談している。

あの人たちはこんな朝から打ちあわせをして、いったいこれから何時まで働くのだろう。
こんな時間からモーニングを口に井戸端会議する奥さまたちは、どんな家庭をもってるのだろう。

仕事がえりの深夜の渋谷では、毎日毎日、「みんな遊べる時間があっていいよな」と嫉妬の視線を送っていた私の気もちが、なぜか晴れやかだった。

たのしそうにしている他人を、久々にじっくり観察する。

まちは、いがいと笑顔にあふれていた。
人は、いがいとみんな忙しそうに生きている。
私もこの中の一人にすぎないのか。
ふと、ぐったりしていた昨日の自分を思いだして笑えてきた。

先に到着していると聞いた彼の背中をみつけ、私はすこし足をはやめて彼の前にこしかけた。

もう注文をすませてしまったよ、とメニューを渡されて、
しばらくコンビニのごはんしか口にしてないの、ともらした私に、彼が簡単なねぎらいのことばをくれる。

働きはじめたら諦めるべきだと思った、ゆったりとした時間が急に戻ってきたことがうれしくて、前に会ったときよりも口数が多くなってしまった。

「また、時間があったら近況報告でもしますか」
そう言って、交差点を彼がまがるまで手をふって見おくった。

これから、仕事か。いつもならため息でもついて歩きだすところだけど、今日の私はその間もなく一歩を踏みだしていた。

誰かと会うというだけで整えられた髪とメイクで、すっかり目はさめている。
いつもの仕事ならTシャツとパンツだけなのが、今日はワンピースを身にまとって。スニーカーからパンプスに履きかえて。

「最近どう?」という質問に、ちゃんと笑顔でこたえられてただろうか。

学生のころには見向きもしなかった朝のデートは、私をもう一度女の子にもどしてくれた。これから会いたい人とは朝のカフェで会うことにする。

久々に語らうたいせつな誰かと、冷たいカフェオレとパン。
コンビニ飯からパニーニに持ちかえる、えせお洒落感がおかしくて、たのしい。

いつもならダラダラと寝て、のそのそと準備をする朝。
多少の遅刻はご愛敬。今日も一日がんばろう。
渋谷に勤める想い人と、土日が休みな旧友と、学生時代は会えなかったフリーターと、エトセトラ、エトセトラ。
話したりなければ、また来週、あのカフェで。

とりあえず孤独死は、まだ都市伝説のままにできそうだ。

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皐月彩