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私がはじめて敗けた人。「言葉」と「人」に向き合い戦う人。

昔から、「負けた」と明確に思ったことがなかった。
「結果」として負けていても、実力がある人なんだよと言われても、
私は幼いころから相当な自信家だったので、「あ~、この人には勝てない」や「この人には負けてしまった」と思うことは一切なかった。

そんな私が、以前いた会社の社長に紹介してもらった人に、私は「明確な敗北」をした。
その人も物書きを目指している、というつながりでぜひお会いしようと言う話になったのが、出会いのきっかけだった。

相手は人材業界で知らない人はいない「雇用」「採用」のスペシャリストで、とある漫画に出てくるキャラクターのモデルにもなった人。

でも、私が負けた、と思ったのは、その方の物書きの実力や輝かしい経歴や名声でもない。
自分の人間性を明確に言い当てられてしまったことだ。

簡単な自己紹介を終え、いくつか言葉を交わしているうちに、「どうしてそんなに自分を着飾って語るのか」と指摘をされた。

その時は咄嗟に意味も分からず、私はうまく言葉を返せなかったのを覚えている。

自分が「こう見られたい」という想いで振る舞っていることを、まったく意識したことがなかったのだ。

なんでも、いい話にしようとする。
自分が悪い人間ではないと思わせようとしている。
綺麗な話だけじゃ人は引き付けられない。

そして、決め手だったのは「あなたは、人を信頼しておらず、最初から壁を作って人と接している」という言葉だ。

不意を突いた言葉に私は思わずはらりと涙を流した。
物を書く人間として、人間を描こうとしている脚本家として、これほど致命的なことはないじゃないかと自覚させられた。
私は、人のことが好きではなかった。言い当てられたのだ。

彼もまた、物書きであったことがさらに私を苦しめた。
SFの恋愛物語を描く彼は単純にそのトリックや展開の面白さだけではなく、登場人物ひとりひとりのパーソナルな表現にも徹底的にこだわっている。

そんな彼は、目の前にいる人の一挙一動、その人がなぜそんな人に育ったのかを観察して過ごしている。
人が好き?とはまた違うかもしれないが、確かにあるその強い関心が、彼の物語を分厚くしていた。
世で認められている彼の言葉の力の強さ、説得力、私には足りないもの。
目の前が真っ暗になるのを感じた。

いつか恩師に言われたことがある「登場人物はわが子であり物語を進める駒ではないよ」と。
その言葉の意味があの時はっきり分かった。

悔しくて、悔しくて、私はその場で敵意をむき出しにして言葉を返した。
すると、彼は「そうだよ、それでいいんだ」と笑い、その言葉への返答をしてくれた。
また、私は負けた。同時に、この人に勝てなくては作家として世に名を残すことなどできない、と強く覚悟を決めた。

その会社を離れることになったとき、はじめて会社以外の人にその報告をする人として彼に連絡をとった。

夢を目指すために、急遽会社を離れることになったこと。
夢を目指すことは確かに素敵なことだが、その決断を受け入れてくれる会社は本当に素晴らしい会社なのだと言うことを忘れてはいけないよ、と念を押された。

いつでも戻っておいで。
私が人生で一番「悔しい」と思わされた人は、「優しい」言葉をくれ、私を送り出してくれた。

負けん気を抱えて今の仕事をし、物書きも続けてきて半年がたとうとしていたころ。
行きつけの本屋で、偶然彼が講演をしているところに出くわしたことがある。
会場には幕が張られ、顔を合わせることもなかったが、声を聴いてすぐに彼だとわかった。

彼の声は店中に通り、その日も一本芯を通して店にいた人々の耳をダンボにさせていた。
ああ、これは、立ち向かうには相当な猛者だ。
胸を張れる人間になるには相当の努力と結果、まだ自分が持ちきれない「人への想い」を抱えていかなければ、また彼の前でみじめに泣いてしまうに違いない。

改めて襟を正し、もう少しであの日から8か月を迎えようとしている。
また彼に会いに行くとき、私はあの日の仕方のない自分よりも、対抗できる人間にならなければいけない。
あのコーヒーの香りただよう本屋で、共に肩を並べられるような。

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皐月彩