
モノトーンを中心としたミニマルで都会的なワードローブを展開するラグジュアリーブランドであるジルサンダー。
ジルサンダーのデザイナーはミスジルサンダーことハイデリー・イリーネ・ザンダーです。
揺らぐことのない洗練されたミニマルなワードローブは世界中のファッショニスタを魅了し続けています。
今回は、ミニマリズムの絶対的女帝にジルサンダーについてです。
ユニクロともコラボレーションを果たしたジルサンダーとは?
1 Jiline Sander (ジル・サンダー )とは?
1-1 ドイツ出身のファッションデザイナー
出典https://www.pinterest.jp/pin/301952349997342823/?nic_v2=1a49STWSr
ミスジルサンダーことハイデリー・イリーネ・ザンダーは1943年にドイツのハンブルグに生まれます。
アメリカのカルフォルニア大学に2年間在籍後、ニューヨークで雑誌社に勤務、ファッションジャーナリストとして活動。
1965年に帰国したジルサンダーは1968年にブティックをオープンさせます。
1-2 ブティックをハンブルグにオープン
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地元であるハンブルグにブティックをオープンしたジルサンダーはオリジナルアイテムとして自身のウェアの販売を開始します。
1-3 パリコレクションに参加
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自身の手掛けるワードローブに自身が持てるようになり1973年にパリコレデビューを飾ります。
しかし、評価が芳しくなかったため80年に撤退、発表の場所をミラノに移します。
1-4 ミラノコレクションへ参加
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1985年からミラノを拠点に活動をスタートしたジルサンダーは1987年ミラノコレクションへ参加、パリでは得られなかったような評価を受け、たちまちトップブランドへと昇りつめます。
1-5 ジルサンダーのデザイナーを引退
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1999年にプラダグループの傘下に入ったジルサンダーは、総裁のパトリッツィオ・ベルテッリとの不仲を理由に2000年に引退。
1-6 デザイナーとして復帰
出典https://www.pinterest.jp/pin/86483255313842311/?nic_v2=1a49STWSr
2003年にはプラダグループからの呼びかけにより復帰。
しかし、2004年には再び辞任します。
まとめ
プラダグループを離れたジルサンダーはあるシモンズがデザイナーとして活躍、その後創立者のジルサンダーが一時期ブランドに戻りましたが、2014年再び引退を宣言しました。
ミニマリズムを貫き続けた女帝の復活を望む声も少なくありません。
ジルサンダーにミスジルサンダーが戻る日はゼロではないはずです。