ジャパニーズモードのリビングレジェンド!川久保玲とは?

日本のみならず世界中のファッショニスタを熱狂させるジャパニーズモードブランドのパイオニアであるコムデギャルソン。

コムデギャルソンの創立者であり、デザイナーで川久保玲。

天才デザイナーであり、生きる伝説とも称されるファッション界の絶対的カリスマに迫ります。

1 川久保玲(かわくぼれい)とは

1-1 1942年東京生まれ

川久保玲

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1942年東京生まれのファッションデザイナー。

慶應義塾大学文学部哲学科を卒業後、旭化成に入社。

繊維宣伝部でスタイリストを経験し3年で退社、フリーのスタイリストとして活動を開始します。

 

1-2 株式会社コム デ ギャルソンを設立

川久保玲

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フリーのスタイリストとして活動していく中で自分の理想とするワードローブの調達が難しくなり、自身でレディースウェアを制作。

当初販売するつもりはなかったウェアですが、スタイリストを始めとするファッション関係者の間で評判となり、本格的にレディースウェアの製造販売を開始します。

1973年に株式会社コムデギャルソンをローンチし、スタイリストからファッションデザイナーへと転身します。

1975年には東京コレクションに参加、1978年にはコムデギャルソンオムをスタートさせます。

80年代コムデギャルソンは服飾系の学生やファッション関係者の間でカルト的人気を博し、川久保氏のトレードマークであるボブヘアに真っ黒の服を着る「カラス族」と呼ばれるスタイルを定着させました。

現在でも黒はコムデギャルソンを象徴するカラーであり、「モード=黒」の概念も川久保玲氏が定着させたといわれています。

 

1-3 発表の場所をパリへ移す

川久保玲

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1981年に山本耀司氏と共にパリコレデビューを果たします。

当時パリのモード界では黒を使うことはタブーとされていましたが、コムデギャルソンはあえてアイコニックでもあるオールブラックのモードスタイルを発表。

「広島シック」「黒の衝撃 」と酷評を受けます。しかし、同時に今までにはないアヴァンギャルドなスタイルは若いクリエイターを中心に高い評価を獲得しました。

現在もパリを中心にコレクションを発表しています。

 

1-4 ドーバーストリートマーケットをオープン

川久保玲

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2004年にロンドンの高級住宅街にはセレクトショップであるドーバーストリートマーケットをオープンさせます。

2012年には銀座にも2号店をオープン。

2018年に北京にもオープンし、現在5店舗。

ドーバーストリートマーケットは、川久保氏の審美眼を垣間見ることのできるコンセプトショップとしても有名です。

 

まとめ

天才デザイナーとして絶対的カリスマである川久保玲氏。

殆どメディアの前に姿を現さないミステリアスさも彼女の魅力ではないでしょうか?

モード界の女帝である川久保玲氏の言動には今後も目が離せません。