インタビュー

おしゃれなひとはだしをとる―「ナナクラ昆布」代表 木村真依子さん

新しい昆布のカタチを提唱している女性がいます。

彼女の名前は木村真依子さん。

祖父の家業を途絶えさせない、そう決めたのが大学2年生のとき。29歳で「ナナクラ昆布」を立ち上げました。昆布で起業しようと決めてから9年間、木村さんはどのような道を歩んできたのでしょうか。

昆布で起業することを決めた理由

木村さんの出身は新ひだか町三石。祖父が昆布漁を営んでいました。木村さん自身は剣道を続けていて、剣道をやるために白老の高校に進学します。真剣に剣道と向き合っていましたが、燃え尽きてしまったといいます。

「大学進学の時にあれだけ熱中していた剣道をやめたくなってしまって。目標もないまま北海道教育大学岩見沢校に進学しました。でもしばらく何の目標も見出せなくて、ただつまらない日々を送っていました」

そんなとき、転機が起きます。

「大学2年生のとき祖父から商売をやめるという話がありました。その話を聞いたときもったいないと思ったし、何より悲しかったんです。そのときはまったく想像もつかなかったけれど、いつか昆布で商売をやろうと、そう決意しました。そこから生活が活気づきましたね」

起業するために歩んだ道のり

30歳までに起業するという目標を立てた木村さんは将来を見越した就職活動をはじめます。

「まずは営業職だ!と考えました。たくさんの人と出会って人脈もつくりたかったので。それからパッケージに使うデザインも学ぼうと思いました。そうしたら総合的に考えて印刷会社に入らなければと!」

晴れて印刷会社に入社が決まった木村さん。どのように社会人生活がスタートしたのでしょうか。

「いろんな業務を経験し、もちろん営業もしました。そこで『将来、昆布の仕事をやりたいんです!』と言い続けていました。その時の縁が今につながっているんですよ」

共感してくれる家族との出会い

26歳で転職をして違う会社に入った木村さん。次の会社はいい会社だったことに甘えてぬるま湯につかる感覚になってしまったといいます。

「人間関係もよかったのですが、脳みそが退化するのが自分で分かりました。売り上げが達成されなくても給料はもらえるし、あぁ私はずっとここにいて一生が終わるのかな……と」

そんなとき、一人の男性との出会いが木村さんの人生を変えます。

「悩みながら過ごしていたときに、いまの旦那と出会いました。それも一社目の営業で出会っていた人で。昆布の仕事をしたい!と再び伝えたところ『絶対にやったほうがいいよ!』と言ってくれて。そして付き合い、昆布で起業することも決め、結婚することになりました」

妊娠をきっかけに退職、29歳でナナクラ昆布を立ち上げた木村さん。「ナナクラ昆布」という名前に込められた思いがあります。

「昆布漁を始めたのが曾祖父で。曾祖父の七蔵という名前をとって『ナナクラ昆布』と名付けました。七蔵さんは当時やり手の商売人として有名でした。私も七蔵さんみたいになれますように!という願いを込めたんです」

実際に起業して、自分が思い描いていた通りだと感じた木村さん。

「社会人になってからやってきたことがすべて今につながっていると感じました。自分のしてきたことは間違いじゃないと思いました」

新しい昆布の価値をつくる

ついに「ナナクラ昆布」を立ち上げた木村さんに今後の展望を伺いました。

「スーパーなどでよく見る昆布は、需要があるから今も存在しています。でも年配の人が使うことが多いように感じていて。今から20代30代にあった昆布のカタチを定着させることができれば、昆布は後世にも引き継いでいけるのではないかと強く思います。新しい昆布に対しての価値観をつくっていきたいので『おしゃれなひとはだしをとる』というキャッチコピーとクラフト素材を使ったパッケージを採用しました。デザインはデザイナーに頼んでいて、これも営業していたときに培った縁なんですよ」

具体的な目標としては、来店するとおしゃれが完成する店舗をつくりたいという木村さん。

「おしゃれな人が使う器、服などをトータルコーディネートして、昆布に紐づかせることができればと思います。『ナナクラ昆布』はそういうブランドづくりをしていきたいですね」

今回は「ナナクラ昆布」代表の木村真依子さんにお話を伺ってきました。夢を叶えるために努力を積み重ね、実際にカタチにした、強く美しい女性でした。

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マコ