過去は変えられない。過去の意味は変えられる。

泣いて泣いて、目が腫れるほど泣いた日。こんなに辛いことが自分の人生で起こるなんて考えてもみなかった。こんなに空は青く、風は爽やかに吹き、花は色とりどりに咲き乱れているのに、自分はこの小さなベッドの上から起き上がることさえ出来ずにいる。生きている意味なんてあるんだろうか。このまま体ごと魂が消えてくれたら、どんなに楽になれるだろう。何も食べずにいたら、消えてしまえるだろうか。

 

「ぐぅーー。」

 

心は消えたがっているのに、体は「生きたい」と叫んでいた。空腹を原因にして自分を消すのは無理みたいだ。こんなに気持ちは弱っているのに、お腹が空くなんて。

心配した友達からの遊びの誘いは断ってしまった。こんな腫れた目じゃどのみち人前になんて行けないけれど、本当の理由は作り笑顔さえ苦痛だったから。「無理やり笑顔になってれば、そのうち心も笑顔になるよ」なんて聞いたことがある。けれど、それを上回るほどの心の痛みは、作った笑顔さえできなくなるのだと知った。心の中に嵐が吹き荒れた時、人はコントロールなんて全然できなくなるのだ。

 

泣いても、寝込んでも、お腹は減るし、一向に消えてくれないこの体は生きたいと言う。私は消えたいのに。それでも時間が経つと少しずつ心の痛みも鈍くなる。この痛みを、傷ついた自分を、相手に見せつけたかっただけなのだろうか。心が回復することに抵抗する気持ちが湧き上がる。自分が元気になってしまったら、相手はホッとして「私」をすっかり忘れてしまうのだから。

 

いつしか忘れてしまった心の痛みは「確か痛かったんだよな」という事実だけが残り、その痛みに触れることもできなくなった。懐かしくもあり、微笑ましくもある過去の愛おしい記憶。今、泣いて泣いて動けなくなっている人にも未来はある。新たな気持ちになれる未来を作り出せたなら、今のその痛みは過去になり、意味のあるものに変わっていくはず。