コラム

夜を上手に過ごせる大人は、明日をすがすがしく迎えに行ける。

第十二夜 かぜが、ぼくをあらってる

家の近くに川がある。
どこに橋があるのかは知れない。
大きな大きな川がある。

ずっと住んでいた家の近くにも
大きな川があったので
同じように眺められたらと、今の家に住んだ。

なのに私はそこを離れた
真っ暗な住宅街のいっぽん道を、毎日毎日えんやこら
のっそりのっそり歩いていた。

汗だくになって仕事から帰る日、20分の徒歩の道を歩くとき
ときたま、自分は今なにをやっているんだ、とちょっとした悪態をつきたくなる。

このまま朝を迎えてしまったら、もう、
やってらんねえと寝過ごしてしまいそうな、
しみったれた気もちになる。

こんな道、もう歩きたくないよ。
こんな、自分のことを省みてしまうような道は嫌だよ。
そう、同居人につぶやいた次の日の夜、贈り物をされた。

うすいブルーの板に、黄色のタイヤが四つ。
スケートボードというものですよと、得意げな顔で渡された。

これって、あれでしょ。
繁華街で、とってもはじけた感じの人が、乗り回してるやつでしょう。
私は何度も、冗談でしょうと笑うだけ。

いいからいいから、いいじゃないと、同居人は私を
近くの平らなアスファルトへと連れて行った。

乗ってみよう乗ってみようと、変わりばんこに足を乗せて
私たちは何度も後ろにひっくり返った。

何度も何度も暗闇の中にスケートボードは消えて行って
汗だくになったころには、ピカピカだった板は傷だらけになっていた。

着ていたTシャツはすっかり色も変わってしまって
高校時代の、真剣だったバスケットボールをほうふつとさせた。

最近も汗をたくさんかくことはたくさんあったけれど
こんなに風が気持ちいと感じる汗は、あの日の体育館以来だった。
時計はすっかり朝の方向をむこうとしていた。

もう、やめようか。
やっぱりこれで20分の道を行くのは無理だねと、同居人は部屋へ引き返そうとした。

おねがい、もうすこしだけ。
もうすこしだけ、やっていかない?
あきれる同居人をよそに、私は他の道に向かって、スケートボードを走らせた。

あの川へ、あの川まで、
このスケートボードで走ってみよう。
きっと気持ちいいはずだ。
あの懐かしい川の景色に、この気持ちよさをつれていこう。

越したばかりに歩いた道、
慣れないスケートボードは、ちっとも距離を短くしてくれない。
それでも私は地面を蹴った。3回転んで進んでいった。

向こう岸の光が見えた。
川が近づいていた。
風が私の短い髪を、早く帰りなさいと後ろに引いていた。

あの日の暑さはおぼえているのに
あの日見た川の景色はもう、忘れてしまった。

帰る道も私の心は軽く、
地面を目いっぱい蹴って、シャワーを目いっぱい浴びた。
次の日の朝は早かったけれど、
起きることはおっくうではなかった。

あの夜から私は朝をおそれなくなった。
たまに面倒にはなるけれど、
私を軽やかにする方法を、私はきちんと知っていた。

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皐月彩