コラム

オトナのデートにスニーカーはだめですか?夜の海にでかける靴は。

第三夜 おひめさまが、にあわない

海に行ったって
森に行ったって
いったい人は何をしているのだろう

何を見て感動したり、何を見てロマンティックになるのか。
きっと、そこでロマンティックな気持ちになったと言ってみたら
おしゃれな気持ちがするから、言ってみてるだけでしょう。
そんなことをいつも他人事のように考えていた。

仕事終わり。
花の金曜日で浮かれている人々をかき分けていたら
急に孤独な気持ちになって、こんな時は、バカみたいにもっと
孤独な気持ちに自分をしてしまいたい。

そんな衝動が、いつのまにか私を江の島までの電車に乗せていた。

スニーカーで踏みしめた砂浜は
じっとり重くて、けれど地に足をつけて歩いている感覚がしっかりして
遠くの景色まで、集中してみることができた。

あそこに船が浮いている。
あそこで鳥が舞っている。
砂に足は沈まない、昼間とは違う景色。
波の音の大きさを、私は初めて知った。

映画のフィルムでしか見たことのない灯台の回転をぼんやり眺めた。
あの映画は誰と見たのだったっけ。
映画より先に浮かんだのは、きっとあの人と見たのだという記憶だった。

あの人は、私よりうんと背の低い人だった。
誰かに紹介すると、「あなたよりちいさいの?」と必ずたずねられた。
そのたびに彼はすこし背伸びをするので、私もいじわるして背伸びをした。

彼とデートしていたころには、私の足にあるのはいつもニューバランスだった。

はじめて買ったモスグリーン。
履きつぶして買った紺。
結局履く機会がすくなかったマットピンク。
一目ぼれして手にいれたリーダーの赤。

いつもすごい色を履いているねと笑った彼は、
ナイキの黒いスニーカーを履いていた。
彼は私より大人の男性だった。

その時だ。
大人もスニーカーを履いてデートに行くのだと思ったのは。

彼は私と違ってうんとアクティブな人で
夏は音楽フェスに、冬はみんなで鍋を囲むような人だった。
友達の少なかった私には、まぶしくて、休日に出かけていく彼に嫌味をよく言ったものだ。

その時にも、彼はいつもスニーカーだった。
彼と出あう前の私なら、ボロボロのスニーカーをデートに履いていくはずがないと思ったのだけれど、彼のせいでその安心要素はくずれてしまっていた。
そこで、私も一緒につれていって、と言えないのが私の弱点。

楽しそうな人たちの中で、じぶんも仲間のような顔をするのが苦手だから。
私は彼とおなじようにスニーカーを履いて、本屋とコンビニに行っていた。

買ってきたマンガを読みながら彼を待つ夜は、
元気よくすり減ったスニーカーとは正反対に、すごく、しなびていた。

だから、もうスニーカーを履かなくなったのか?
残念ながら私はそんなに、過去にこだわる性質ではなかった。
かわいげのない、私の強み。

彼と離れてしまったあとも、私は人よりたかい背をたずさえてスニーカーを履いている。
ハイヒールは私のすきな歩き遊びにはあわない。
コンビニにも、本屋にも。
よりそうなら、そういう場所に一緒に、ボロボロのスニーカーで行ってくれる人がいい。
そして、とびきりの夜には、とびきり素敵なスニーカーでとびきりの海につれてってくれるような……。

ああ、きっと、海に来れば孤独な気もちになると思ったのは
あの人がよく、嫌がる私をつれて、海につれてきてくれたからだ。
スニーカーなら、海の上も走れるんだと、笑顔で、強引に。

大人もスニーカーに足をいれる。
大人のスニーカーにも、思い出の泥がついている。
その泥をこそいでは、残った汚れを見つめて、
大人もたまに、泣いたりしている。

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皐月彩