コラム

どんなに恵まれていても、浮気をしてしまう女の子たちの気持ちって?

第六夜 ぼくらはいつも、つよいひとのふりをする

寂しいとき、どうしてる?

友だちもいて、とっても優しくて
恋人もいて、とっても愛されていて
両親も、元気なのかと気づかってくれて
職場でも、べつに笑えている。

それでも、寂しいと思ったとき、どうしてる?

私も、私のまわりの人も、ようするに恵まれた環境で生きている。
他人にそう言われる前に、きちんと自覚している。
次にかけられる言葉は、「それなら、十分すぎるくらいじゃない」なのだけど、それでも私たちは飽きずにおたがいに問いあう。

それでも、寂しいとき、どうすればいいと思う?

そんな話をするメンバーはいつもお決まり。

長年、おたがいの良いところを認め合い、悪いところをさらけ出しては、「私は、あなたを許す」と言いあうような不思議な関係。

今日も、自分はどうすれば幸せになれるかをテーマに、近況をそれぞれ告白しあう。

元彼に連絡をして、そっけなく突き放されたので彼氏の家に帰った。
職場の上司をデートに誘いたいけど、今の彼氏にばれないかしら。
ついに今の彼氏から乗り換えてもいいかなという人があらわれたけれど、デートしてみたら相手はとんでもない人だった。

ある時期異様に、自分のいる場所がとても安定的に思えず、むさぼるように他の可能性(つまりは、今のボーイフレンド以外の人)をあさっては疲れはてて愚痴をこぼしていた。

端から見れば、浮気性の恋愛依存で、どうしようもない連中だっただろう。

倫理的にはまちがいでも、ある種「認め合っていた」私たちは、おたがいにこう言いあっていた。

自分が最終的に幸福になるためには、今の窮屈なところにいるより逃げ道を、その場しのぎだって探すべきだ。

あの頃私は本気でそう思っていたし、自分可愛さで生きてもいいのだという想いは、今の私自身を支えてくれている武器でもある。

でも、そう大真面目な顔をして
今の相手にばれずコマをうまくすすめて
新しい相手に好きだと言われて
ああ、これでやっと幸せになれるのかしらとイメージしていても、
ふと頭の中の冷静な自分が、忘れたころに語りかけてくる。

「ねえ、これでもう、寂しくなくなった?」

ううん、なってない。

「自分に都合よく、全部事を進めたのに?」

どうしてだろう。

「どうしてだろう」

あなたはきちんと人を好きになったことがないのかもねと言われたことがある。

そのときはそうかもしれないと思ったけれど、しばらくしてそうでもないことに気づいた。
そもそも好きでなければ、この人と幸せになれるかしらと思いうかべるはずもない。

期待して、勝手に先を想像して、先走って、頭のなかの未来像に幻滅して、次ののりかえ駅を探していた。
そこまでいれる確証もないのに、勝手に自分の中でなりたったパズルを、そうと決めつけて嫌になった。
全部、相手を愛して、想っていたから、多少の我慢は必要だって、一般的な恋人の定義は投げうっていつもとおい未来に想いをめぐらせていた。

愛しかたとして正しくはなくとも、そうだった。

ねえ、そうだよね? 私たちは、別に人を愛せないわけじゃなかったよね?

いつものメンバーは、あたりまえだとうなずいた。
私も、きちんと相手を想っていたと。

その場かぎりの我慢が未来までつづくと思うのは、心でずっと一緒にいたいと願っていた結果。

理屈っぽくそう結論づけて、喧々諤々と語らって、ようやく安心して目の前のオリーブやらアボカドのはいったパンを平らげた。
心は、それだけですこし軽くなる。
私にとって、このメンバーも好きな人。

未来まで想像しても、きっと崩れることはないだろうという確信が、今の私を足しげく彼らの場所へ運ばせている。

ただ、それだけ。

私たちは人を愛せないわけじゃない。
私たちはまだ、宝探しの途中で、私たちはきっと、間違いじゃない。

もし間違いだとしても、その間違いを知っていることは、私たちを幸せにいつか、運んでくれる。

私たちは今日も歓談する。

この前話していた彼とね。
今の彼がひどいのよ。
昔の彼が、恋人を作ったっていうの。

飽きもせず、笑いながら、泣きながら、おいしいご飯を食べながら。
私たちは幸せを探している。

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皐月彩