コラム

人材会社でがむしゃらに仕事をして感じた、「働く意味」とは。

第七夜 せかいのおもみを、しるために

芸術学部に通っていて、周りはみんな作家を目指す子ばかりだったから、
私たちにとって就職活動は、全然リアリティのない言葉だった。

フリーターをしながらでも作家を目指す。
プロとしての自覚をもってフリーランスになる。
弟子入りして、かじりついていく。
そう言っていた同級生たちを横目に、私は一人、就職活動にとびこんでいた。

理由は簡単。
作家を目指すことしか知らないまま、大人になるのが怖かった。

それまでの私にとっての人生は、
家族がいて、学校があって、作家を目指す仲間が外にもそれなりにいて
まああとは、アルバイトくらいか。とても狭い世界の中でもがいていた。

もし、このまま作家になったとして
私が描けるのはその小さな小さな世界の中だけなのかもしれない。
そう思ったら、不安で不安で仕方なかった。

今の世界から抜け出せる場所はどこだ?
そう思いながらたどり着いたのが、20年続く小さな人材会社だった。

採用されてすぐに、法人向けの営業をすることになった。
渡された既存客はゼロ。すべて、自分で切り開きなさいと言われた。
それからは、ひたすらリサーチ、電話、リサーチ、リサーチ……。
まず、名前も知られていないような会社を、信頼してもらうところからはじめるのはとても苦痛だったのを覚えている。

よく、人見知りをしなさそうでいいねと言われるような私だけど、
だいたいは無理をして、そう見せているだけだった。

他の人と同じようにかっこよくビジネスマンをやるのは、無理だと思った。

じゃあ、私にここでできることは何なのか?
目に留まったのは、自分がそれなりに文字を書けること。

「私、パンフレットづくり、できます」

「デザイン・編集・カメラマンの仕事をしていたことがあります」

「社員さんのインタビューを記事にして、学生に見てもらいませんか?」

これを売りなさい、という商材ももちろんあったけれど、
まずは自分を知ってもらうためにも、自分で作ったオリジナル商品を
お客さんのもとへ持っていくようになった。

それ自体は買ってもらえなくても、
そこまでしてきてくれたなら、話を聞いてみようかなと
心を開いてくれるお客さんも現れた。

そこから、私は会社の中の営業兼、インタビュアー・ライター・デザイナー(かんたんなものだったけど)になった。

前途洋々に聞こえるかもしれない。
けど、本当に大変だったのは、そこから。

発注されたパンフレットも、インタビューも、
担当者の人の承認を得ても、上からやりなおせと言われました、
確かにこう言っていたけれど、見せたいのはそこじゃないんです、と
ただ書くだけでは成り立たないことがどんどん出てきて、目が回った。

この世にあるものは、こういう社会の仕組みの中で
たくさんの人の目に触れ、手に触れ、生まれているのだと思うと
気が遠くなりそうなのと同時に、すべてのものがとても価値あるように見えた。

鉛筆一本も、この前もらってすぐ捨ててしまったチラシも、
破れてしまったジーンズも、いつも乗っている電車も、
私たちは、たくさんの人たちの検討と仕事の上に生きているんだと。

結局、作家になりたいという夢を追うために、その仕事は大学を出る前にやめてしまった。
すっかり人材会社の人というイメージを持たれていたから、周りは本当に驚いていた。

「行くからには、絶対に夢をかなえてこい!」と送り出してくれたあの会社の人たちを、私は一生忘れることはない。
初めて受注を取れた日も、作ったパンフレットを初めて手に取った日も、
あの日々は、私にとってのかけがえのない宝物だ。

きっと机にかじりついて、ただ物を書いていればいい道を選んでいたら、
今日のような毎日を送ることはできなかった。
それが正解だったのかは、きっといつまでもはっきりしないだろうけど、
自由に生きたい、夢をかなえたいと思うならなおのこと、
その夢以外の世界を知ることは、もっと夢を分厚くしてくれる。

働くことは、自分が生きている世界の価値を知るチャンスだから。

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皐月彩