インタビュー

【前編】世界で活躍する和太鼓・三味線奏者―木村善幸さん

札幌の歓楽街すすきのを見下ろすバー「Music Lounge Brave+」。

店主であるピアニストの田中K助が今回カウンターにお招きしたのは、和太鼓・津軽三味線奏者の木村善幸さん。日本全国はもとよりドイツでの公演やワークショップを成功させるなど、世界中で活躍する日本を代表する文化人です。

和楽器奏者では珍しい「二刀流」で生きることを決めた木村さんの人生、和楽器を生業とする上での苦悩、壮絶な挫折から再び立ち直った方法、世界に打って出る転機、そして木村さんの考える「カルチャー」について語りました。

缶コーヒーをきっかけに和太鼓の道へ

どんなきっかけで和楽器を始められたんですか?

小学校4年生の時、和太鼓を習っていた同級生に「ジョージアの缶コーヒーが飲めるよ」って誘われたのがきっかけで、町内会の会館で習い始めました。

缶コーヒーがきっかけですか!?

当時は大人の飲み物だったので(笑)。最初は見学だけのつもりでしたが、同級生がレギュラーで叩くのを見てライバル心が芽生えまして、僕も習い始めました。その後、第一回YOSAKOIソーラン祭りの舞台をきっかけに大きなチームへ移籍し、高校卒業まで毎週土日は北海道各地で演奏、といった具合にステージ経験を積みました。

……珍しいですね。普通、民謡や和太鼓、三味線奏者の方々って○○流家元とか民謡が盛んな地域出身とか、環境が整った方が多いかと思うのですが。

僕、札幌市南区の一般家庭でしたからね(笑)。K助さんが「江差町出身」と言えば「江差追分」があるように、皆さん誇れるものがあると思うんですけど、私は何もありませんでしたから。

そういう「素地のある方々」に対してコンプレックスはありませんでしたか?

ありましたよ! 例えば、当時僕は津軽三味線を新田弘志先生に習っていたのですが、僕の1ヶ月前に習い始めたのが先生の息子の新田昌弘くんなんです。昌弘君は朝から晩まで師匠の音を聴ける。本当にうらやましかった。大きなコンプレックスでしたね。

どのように払拭したんですか?

「自分だけのスタイルを確立する」ってことでしょうね。素地がないということをマイナスに捉えてはいけない。コンプレックスをなくすにはそれしかないと思っていました。

「二刀流」〜様々なことにチャレンジする

ところで、和太鼓・津軽三味線奏者と、……まあ我々の世界では「マルチプレイヤー」という言い方をするんですが、和楽器の世界では一般的ではないですよね?

そうですね。「二刀流」なんて言い方もしますが、当時は誰もやっていませんでした。

伝統的な世界において「二刀流」という従来とはかけ離れてたやり方に、批判はありませんでした?

批判されましたよ! 業界の人たちからは毎日のように「二兎を追う者は一兎をも得ず」だと言われまして。まあ、逆に燃えるしかないってやつです(笑)。

僕も編曲の仕事をする上で色々な楽器の特性を学ぶ必要があり、ピアノだけじゃなくギターやベースも勉強したりしました。一番最初に組んだバンドではドラムでしたから(笑)。やはり専門職の方には辛口のお言葉を頂いたりしますが、他の楽器をやっていたことがピアノのプレイに生きる、逆ももちろん然りで、僕だけのプレイスタイルを確立することに大いに役立ちましたね。

様々なことにチャレンジするって、絶対にマイナスにはならない。自分だけのスタイルを確立するための一番の近道かも知れないですね。

もちろん野球のスイッチヒッターのように人の倍の練習が必要でしょうけど。

僕は飽き性なんで、季節ごとに楽器の稽古数が変わるんですよ(笑)。

僕の周りの面白い人って、みんな「飽き性」のように思います。

面白い人って飽き性で、常に面白いことを探してますよね! そうやってフラフラと行ったり来たりしている人に限って、ひとつのことを飽きずに続けているんですよね。

そうして知らず知らずのうちに自分のスタイルが出来上がっていくんでしょうね。

素地がないことを武器に自分を確立することを選んだ木村善幸さん。
しかしこの後、夢に向かって踏み出した木村さんは大きな挫折を味わいます。【中編】では木村さんが直面した苦悩と、そこから這い上がった軌跡に迫ります。

(撮影:留木つばさ)
Music Lounge Brave+
HP: https://ml-brave.com/
住所:札幌市中央区南5条西4丁目バッカスビル9F
アクセス:南北線「すすきの駅」から徒歩1分
TEL:011-252-9460
営業時間:Open 20:00~3:00
休日:日・祝
STAGE TIME:21:30 / 23:00 各30分程度
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田中K助